なるほど・・・

なるほど・・・

先日の日経新聞、大機小機によると経済学は専門性の高さとともに僕たちの暮らしに密接していることから、だれしもがその事について様々な発言できるという趣旨のものでした。それは医学にも言えることではありますが医師の診断に対して発言する人は少ないと・・・そして、最後のくだり。まさに、2大政党制を掲げて政権交代を現実のものとした民主党の「政治主導」や現在の安倍総理のもと、大盤振る舞いしている経済政策「アベノミクス」ではないかと思ってしまいます。大胆な金融緩和に向けて日銀総裁人事への検討が始まっていますが日銀の独立性をどのように考えているのかは不明です。確かに期待から為替、株価等も好転しているがはたしてこのまま景気が回復傾向を持続でき、なおかつ国際社会から信任される財政規律を整えていけるかは「アベノミクス」がベストシナリオを描かなければならないと感じています。参議院選挙で前回退陣に追い込まれた総理にとって目前に迫っている次の参議院選挙への対応は最大限配慮しているのは理解できるがあんまり返すあてのない借金を作るのは、これからの責任世代として控えてほしいと願います。

「経済学の社会的認知度」1月16日付日経新聞

 経済学は数学や物理学と同じく、専門性の高い学問である。と同時に、生活と密着した身近さも併せ持つ。身近さゆえに、経済現象の理論的説明に対し、畑違いの人が「理屈ではそうでも現実は違う」と反論する場面を見かけることがある。

 だが、200年以上かけて築いてきた経済理論の結論を、単なる日常感覚だけで反論することには無理がある。なのに、専門的な経済理論を熟知せず、個人的経験をもとに専門家として発言する場合がある。例えば「日本企業が強いから経常収支が黒字になる」と言われるが、これは「動学的国際マクロ理論」と呼ばれる専門的な理論に基づけば、間違いであるとの結論に至る。

 経済学者の間でも、同じ経済現象について意見が対立することがある。景気対策もしかりだ。その時、専門家とそうでない者との違いは、明確な前提のもとで数学的、論理的に経済モデルを構築しているか、単に感覚で述べているかで判断がつく。専門家同士でも前提が違えば、結論が異なるのは当然で、その場合、どちらの前提が正しいかで決着がつく。

 理系の学問ならば、こういうことはまず起こらない。例えば物理学では、どんなにもっともらしくても、基本となるニュートン力学や量子力学を無視した議論は相手にされない。他方、いかに奇抜で驚くような結論でも、それが専門家の弁ならば「理論ではそうだが現実は違う」などと反論されることはないだろう。

 これは経済学の水準が低いというよりも、社会的認知度が、物理学でいうガリレオ以前の状態にあるからではなかろうか。ガリレオは正しいことを言ったのに、物理学の認知度が低いために、神の教えに背くと言われ、投獄された。

 専門性が高く、しかも身近であるという点では、医学は経済学に近い。しかし、医学は経済学よりも専門性が認知されており、医師の見立てに自分の経験では違うなどと反論する人はあまり見かけない。心臓外科医が専門外の眼や耳の病の治療法に口出しすることも原則ない。通念がまかり通る医療は成立しない。

 正しい経済政策を行うことは国民生活に密着する。国民の間で専門性に対する認知が低く、政治的思惑や一般通念ばかりに左右されていれば、結局損をするのは国民自身だ。

(魔笛)


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コメント

  1. 横山泰三 より:

    二院制 ??
    素人なのでよくわかりませんが
    二院制は本当に必要だろうか?・・・と ずっと思っています。

    時の流れで、各政党の主張や世論がころころと変化するので
    保守の暴走を防止するための民意を問ための衆議院ー(2)選挙と
    理解しています。

    それにしても
    同じような主張をする政党、わけの分からない人が乱立する選挙。

    将来の日本にのために、今は、少しくらいの考えの違いは飲み込んでおこうという
    腹の大きな人(政党)が少ないと思います。

    「維新の会」 少し逆風も吹いているようですが
    理念はよく理解できます。

    応援しています。


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