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南三陸ミシン工房

「南三陸ミシン工房」という名前を皆様はご存知でしょうか?
 私たちの暮らす新居浜市から遠く離れた宮城県南三陸町は県北部の石巻市と気仙沼市との間に位置します。
 二〇一一年三月十一日十四時四十六分、南三陸町は東日本大震災で震度六弱に見舞われ町全体に津波が押し寄せました。死の直前まで防災無線で町民に避難を呼びかけ続けた、町職員・遠藤さんの悲しいエピソードが残る、赤い鉄骨の元防災庁舎はあまりにも有名です。町にあった五つの鉄道駅も大きかった公立病院もほとんどが流されてしまいました。更に、震災で地殻変動が起き、町の中心部の地面が海の方向へ約四、四mせりだし、七十五㎝も地表が下がりました。盛土をしてかさ上げをする予定となっていますが、満潮や大雨の時には町の中心が海水に浸ってしまいます。しかしながら、それ以上に深刻なのが復興の礎となる人の流出です。一方で、間もなく三年が過ぎようとしている今も被災された多くの方が仮設住宅で暮らしています。仮設住宅に一人でいると、今でも、津波で流された人や家のことを思い出してしまうそうです。
 「南三陸ミシン工房」との出会いは、発生後間もなく支援物資を持って仲間と現地に入ったときでした。当時は「歌津地区・石泉活性化センター」で活動を始めたばかりで、自立に向かって講習会を行っているところでした。「なぜ、ミシンなのか?」というと、避難所や仮設住宅に住む女性たちが「ミシンがあれば支援物資で頂いた服のサイズを直せるのに…」「子供や介護が必要なおばあさんがいて外に働きに行けません。仮設住宅の中で、ミシンの仕事ができたらいいな…」という声を反映して、ミシンを仕事にするための活動「ミシンでお仕事プロジェクト」がはじまりだったそうです。
 今では、ミシンを通じたコミュニティができ、お金を得るための手段としてではなく、毎日を前向きに生きていくための支えとして、たくさんのよろこびをもたらしてくれるものとなりました。かわいそうだからと買ってもらうのではなく、本当に必要とされて買ってもらうために、一人一人が努力をし、一針一針に心を込めた作品となっています。オリジナル作品 「おらほもあんだほもがんばっぺし? ?Bag」は、「私たちは私たちの場所で。あなたはあなたの場所で。それぞれの毎日を、それぞれの場所で、一緒に頑張っていけますように。」そんな思いが込められています。
 これまでに、活動に賛同して頂いた新居浜市の支援者とともに、工業用ミシンをはじめ多くの支援物資を届けました。皆様の心温まる支援の一つ一つが現地の方々に明日を生きる勇気を与え、復興に向かって一歩一歩力強く歩んでいる姿を現地で目の当たりにしてきました。今後も、この遠く離れた新居浜で、何が出来るのかを日々考え、さらなる復興に向けて支援を続けていきたいと思います。


なるほど・・・

先日の日経新聞、大機小機によると経済学は専門性の高さとともに僕たちの暮らしに密接していることから、だれしもがその事について様々な発言できるという趣旨のものでした。それは医学にも言えることではありますが医師の診断に対して発言する人は少ないと・・・そして、最後のくだり。まさに、2大政党制を掲げて政権交代を現実のものとした民主党の「政治主導」や現在の安倍総理のもと、大盤振る舞いしている経済政策「アベノミクス」ではないかと思ってしまいます。大胆な金融緩和に向けて日銀総裁人事への検討が始まっていますが日銀の独立性をどのように考えているのかは不明です。確かに期待から為替、株価等も好転しているがはたしてこのまま景気が回復傾向を持続でき、なおかつ国際社会から信任される財政規律を整えていけるかは「アベノミクス」がベストシナリオを描かなければならないと感じています。参議院選挙で前回退陣に追い込まれた総理にとって目前に迫っている次の参議院選挙への対応は最大限配慮しているのは理解できるがあんまり返すあてのない借金を作るのは、これからの責任世代として控えてほしいと願います。

「経済学の社会的認知度」1月16日付日経新聞

 経済学は数学や物理学と同じく、専門性の高い学問である。と同時に、生活と密着した身近さも併せ持つ。身近さゆえに、経済現象の理論的説明に対し、畑違いの人が「理屈ではそうでも現実は違う」と反論する場面を見かけることがある。

 だが、200年以上かけて築いてきた経済理論の結論を、単なる日常感覚だけで反論することには無理がある。なのに、専門的な経済理論を熟知せず、個人的経験をもとに専門家として発言する場合がある。例えば「日本企業が強いから経常収支が黒字になる」と言われるが、これは「動学的国際マクロ理論」と呼ばれる専門的な理論に基づけば、間違いであるとの結論に至る。

 経済学者の間でも、同じ経済現象について意見が対立することがある。景気対策もしかりだ。その時、専門家とそうでない者との違いは、明確な前提のもとで数学的、論理的に経済モデルを構築しているか、単に感覚で述べているかで判断がつく。専門家同士でも前提が違えば、結論が異なるのは当然で、その場合、どちらの前提が正しいかで決着がつく。

 理系の学問ならば、こういうことはまず起こらない。例えば物理学では、どんなにもっともらしくても、基本となるニュートン力学や量子力学を無視した議論は相手にされない。他方、いかに奇抜で驚くような結論でも、それが専門家の弁ならば「理論ではそうだが現実は違う」などと反論されることはないだろう。

 これは経済学の水準が低いというよりも、社会的認知度が、物理学でいうガリレオ以前の状態にあるからではなかろうか。ガリレオは正しいことを言ったのに、物理学の認知度が低いために、神の教えに背くと言われ、投獄された。

 専門性が高く、しかも身近であるという点では、医学は経済学に近い。しかし、医学は経済学よりも専門性が認知されており、医師の見立てに自分の経験では違うなどと反論する人はあまり見かけない。心臓外科医が専門外の眼や耳の病の治療法に口出しすることも原則ない。通念がまかり通る医療は成立しない。

 正しい経済政策を行うことは国民生活に密着する。国民の間で専門性に対する認知が低く、政治的思惑や一般通念ばかりに左右されていれば、結局損をするのは国民自身だ。

(魔笛)


ご挨拶

皆様の温かいご支援の下、新居浜選挙区から県議会へと送りだして頂きその使命と責任、そして如何に負託にお応えすべきかを自問しながら一年余りを過ぎました。

 私は常に、新居浜市に生まれ育ったことを誇りに感じています。それは取りも直さず日本における産業近代化の礎となった別子銅山の存在であり、これを核とした経済の集積、先人に築き上げられてきた文化の歴史を感じるからです。

 市議会議員として市の発展に尽力した祖父の存在、それを受け継ぐべき立場にあったものの志半ばで倒れた父の遺志、思いがけず、その遺された志を受け継ぐが如く私の人生も政治の道を歩むこととなりました。ここまで来ることが出来たのは教えを賜りました人との出会いがあればこそ今の自分があるのだと深く感謝を致しています。

初陣となりました新居浜市議会議員選挙では生涯忘れる事の出来ない得票を頂き、初めて登壇した一般質問の際の感動は今も深く胸に刻まれています。また大いなる挑戦となった県議会議員選挙は厳しい状況下にありながらも当選の栄を頂き、政治家としてふるさと新居浜市の発展、市民の福祉向上のため生きる私の人生を決定的なものにして頂きました。

県議会の中では、尊敬する先輩諸氏のご指導のもと自由民主党の仲間入りをさせて頂き若輩者でありながらも一般質問の機会を賜り、十分ではありませんがその責を担うことが出来ました。

政治活動を続ける中で、去年3月11日に発生した東日本大震災は、私とっても日本全体にとっても衝撃的なものでした。二万人に及ぼうとする死者、行方不明者。また、30万人を超える人々がふるさとを離れなければならない現状。私も被災地支援の中で厳しい状況下にあっても、なお希望を失うことなく復興を務める人々の生き様を眼に焼き付けて来ました。人間の持つ英知、技術をはるかに超える自然の猛威。畏怖すべき自然に対する人間の過信を感じたのは私一人ではないと考えます。責任・原因のない被災者の方々の惨状に対して政治が出来たことを考えると東日本大震災は政治に関与する私自身を厳しく問い直すものでありましたし、併せて使命感の喚起ともなりました。

早晩に起こりうる南海・東南海地震を想定すると東日本大震災は私たち自身が抱える問題でもあります。国、県、市町、更に人間が如何に対応し被害を最小限に留めるかは東北での大震災を我が事と捉え政治の果たすべき役割を考えなくてはなりません。

国の現状は内憂外患の言葉どおり、政権交代に期待した多くの人々を裏切り、混迷する国政は政治への信頼を大きく失墜させていることは否めない事実であり、増大する社会保障関係経費をはじめとする財政問題への対応等、将来世代の犠牲の上に成り立っている現状は多くの国民が夢や希望を語れるものではありません。

このような閉塞感の漂う現状の中、如何にして活路を切り拓き、未来への希望と政治への信頼を取り戻すかは、現在の日本における緊急にして最重要の課題であります。

世情を反映する世論調査の結果は、与野党を問わず厳しい結果を表わしています。謙虚に冷静に、この結果を受け止めつつ日本の確たる展望を指し示し、国民の生活に軸足を置いた政治、政策の実現こそが重要であると考えます。

そのような中で国民が求めているもの、それは政治への清新なる「風」であると考えます。既成概念に捉われるのではなく、新たな時代に柔軟に対応する魅力ある政治の実現が今の窮状から脱却する途ではないかとも考えます。

21世紀は地方の時代と言われ、地方分権の確立を目指す中で、三位一体改革の名の下に大きな犠牲を被ってきたのは地方自治体であり、市民生活であることを考える時、慣習やしがらみを排し、併せて国際的にも通用しうる政治の枠組みを作り上げることがまずは政治の出発点であると考えます。

維新八策を政治指標とした地域政党である維新の会が発足をしました。このことが日本政治に風穴を空けようとする清新な「風」となるのではないかと強く感じています。崇高な精神と言うのではなく、その源となった計り知れないエネルギーと大胆な行動力に共感し、共に歩むことにより新たな日本、地域の創造に繋がるものであると信じ、地方においてもその一役を担い、地域主権を確立したいとの一念の下、今回自由民主党を離党する決断を致しました。このことは決して長年、仲間として大切にして頂いた党を批判するものではなく、これからの政治が果たすべき遠大なる使命と役割の下で共に進むべき途があるとも信じています。

「愛の国、愛顔あふれる愛媛県」の実現を目指し、様々な政策を実行されている中村知事が描く「愛媛県」の背景には国政に参画し、県都松山の市長としての実績、卓抜した先見性と洞察力、政治家として築き上げられた人脈に裏打ちされるものであり、まさに中村知事が政治、行政に携わってきた哲学を随所に感じ、政治信条にも共感、共鳴して参りました。県と市町が一体となって行う地域主権の実現、自主性、自立性の確立の中に愛媛県、ふるさと新居浜の繁栄、市民の幸せの実現があるとも考えます。

私にとっての新たな途として「愛媛維新の会」での政治活動は重大な決断ですが皆さま方と共に、地方主権の確立を目指し、ふるさと愛媛の限りない発展の為に誤りなき途を歩んでいきたいと考えています。どうか引き続きのご支援、また、ご叱声を賜りますようお願い申し上げます。

平成24年10月吉日

愛媛県議会議員 古川拓哉


瓦礫の中のピアノ教室

私たちの心に深く刻み込まれた東日本大震災の被災地からこの夏、大切な友達がホームステイに来てくれました。大森ひなこちゃんとお母さんです。出会いは私が東北に復興支援に行った際に、まちを元気にしようと取り組まれた南三陸町の「南三陸さんさん商店街」を訪れた時のことです。遠藤水華里音楽教室の一員としてピアノのミニコンサートで素晴らしい曲を披露してくれたのがひなこちゃんでした。
 巨大地震と大津波で大切なものを奪われる被害にあった人は数えきれず、残念ながら遠藤音楽教室も例外ではありませんでした。先生は自宅も教室も津波に流され、教え子の一人も行方が分からなくなり、震災のショックでピアノに向かっても以前のように指が動かない状態が続いていたそうです。誰もがこれからの未来を描けない中で、ピアノを弾くことが出来ない先生の教室に大好きだったピアノをもう一度弾きたいと、一人、二人と子どもたちが集まりはじめ、生徒の自宅の一部を音楽教室として再開しました。
 また、大森さん自身も障害者福祉施設で働いていて、発災時は勤務先で、不安になってしまうとトイレに駆け込んでしまう利用者の子どもと、水圧で閉じ込められたトイレの中で天井に顔が付く寸前まで浸水してしまい、死の覚悟を決めた中で九死に一生を得たという話しをしてくれました。
 遠い地からの愛媛来県、夜は四国中央市でコンサートに出演するとのことで我が家の子どもたちと首を長くして待っていました。ひなこちゃんをはじめとする教室の生徒たちは、コンサートで見事な演奏を披露してくれるとともに、悲しみを乗り越え、復興に向けて元気に頑張っている姿を会場に駆け付けたみんなに見せてくれました。また、三島高校書道部からビデオメッセージとともに「とどけ未来への光」とした熱い思いが伝わってくる書道パフォーマンスも披露されました。
 「瓦礫の中のピアノ教室」のタイトル通り、まだまだ被災地での復興支援は進んでいません。瓦礫の処理も進まず、子どもたちの目の前に山積みにされています。しかしながら、復興をキーワードに被災地とそれを支援する地域との間に深い絆や固い信頼関係が生まれました。新居浜市内でもすでに何度も被災地の支援に向かった方々もいます。また、現地には行けないけれど新居浜から自分たちが出来る支援を続けている方々もいます。今も皆さんのまごころが日々、被災地に届いています。
 今回来県した音楽教室をはじめとする皆さんは「次は復興を果たして、報告を兼ねて愛媛に遊びに来たい。」と言ってくれました。復興への足取りはまだまだ道半ばです。これまでにできた絆を育みながら、東北三県がしっかりとした復興を成し遂げるまで、ひなこちゃんが笑顔でピアノを弾ける日が来るまで、皆さんとともに惜しみない支援を続けていきたいと思います。

三島高校書道部の作品です。


ロンドンオリンピック

朝夕が涼しくなってきましたが、皆さまは如何お過ごしでしょうか?僕は夏の疲れなのか?油断してしまったのか?風邪をひいてしまい、調子が上がらない毎日を過ごしています。

大好きな夏が終わると新居浜市は祭りに向かって町が装いを変えます。また、祭りが終わったと思えば、新居浜市長選やお隣の西条市長選、四国中央市も市議会選挙があり、場合によっては解散総選挙(ないと思いますが・・・希望も込めて。)そして、年末に突入とこれから年が変わるまで駆け足で過ぎてしまいそうです。

ふと、この夏のロンドンオリンピック、パラリンピックを振り返ってみると「やっぱりスポーツっていいな~」と思う事がたくさんありました。特に、その道を極めた人たちの重みのある言葉には何度もしびれさせられました。

例えば、ボクシング・ミドル級の金メダリスト、村田諒太選手の「これ(金メダル)が僕の価値ではないんです。これからの人生が僕の価値だと思うので、恥じないように生きていくだけです。」なんて言葉はだれもが言える言葉ではありません。今大会の一番心に残るシーンだと思っていました。

そして、「1度引退して復帰した後にこういう結果を得られたことをどう思っていますか?」という質問にも、「もちろん、すべてのことは今につながっていて、それぞれが1つのことではないと思います。1度引退したこともプラスに働いたと思います。」と答えていますが私自身胸に刻まなければならない言葉として受け止めました。

そして何よりも心に残ったのは、パラリンピックで100メートル背泳ぎ(視覚障害)で金メダルを取った全盲の秋山里奈選手の言葉です。

村田選手同様、彼女もまた一度はあきらめたオリンピックでの金メダルの目標を8年越しで掴みとりました。ゴール後に何度もプールで跳びはね、右手を高らかと突き上げている場面は今も目に焼き付いています。「諦めないでよかった~」と言う言葉を聞いた時、ジムでエアロバイクをこいでいたのですが目頭が熱くなりました。

現代の日本は多くの人が思っている以上に厳しい現実に直面しています。ここ数年だけをとらえても大きく様変わりしたのではないでしょうか?多くの人がたくさんの想いを諦めているように感じますし、時には生きることすら諦めざるを得ない現実があります。

僕は生きる力がなくなってしまう社会とは、多くの人が夢や希望が語ることが出来なくなる時だと思っています。そのことを考える時、やはり政治が担っているものは大きいと考えています。停滞する国と地方に活力を取り戻すには政治が大きな一歩を踏み出す決断をする時です。

誰もが「諦めないでよかった。」と言える社会の実現に向けてしっかりとした足取りで進んでいかなければなりません。


宮城県石巻市視察

宮城県石巻市に県議会で視察に行っていました。

久しぶりの石巻市の来訪ということで、どれほどの目に見える変化があるのかを期待していったのですが、まだまだ復興は道半ばとった感じです。確かに以前よりはがれきの処理も進んでいましたがそれでもこの一年半という歳月を考えると遅すぎると感じますし、処理した後の本格的な復興をどう仕上げているのかのビジョンが見えてきていないように思いました。関係者から話を聞くとどうも全体としてのかじ取りがうまくいっていないそうです。未だに必要とされているモノや人材のバランスがちぐはぐで強力に前に向かって進んでいる状況でもないそうです。

視察先のHANA荘では外資系のロレアルが出資をし、JEN石巻事務所の方々が地域の方と一緒にコミュニティカフェを運営しているとのことでした。すぐ隣にある公園が最近整備が整ったとのことですが、「県と市の土地を使っているために公園利用の為の環境整備にかなり時間を費やされた」と地元自治会長さんが言っていました。ちなみにそこにある遊具も米国が寄付をしてくれたそうです。

続いて、牡鹿半島の狐崎でカキ養殖業の方々と意見交換をして日程を終了しました。

今でもHANA荘、カキ養殖業関係者のところにボランティアスタッフが全国から駆けつけてくれるそうです。現地ではハード面の整備はこれからですが、ソフト面のつながりはしっかりと育まれています。また、海外からの支援もかなりあることも知りました。民間と公共の復興へ対するスピード感の違い、そして、違いがあるからこそ民間にお任せするところははっきりとしていくことが成果につながることを確認した視察となりました。

HANA荘の隣に建設された公園の記念碑

今後のめどが立たない小学校の前で野球の練習をする子どもたち

山積みにされた処理待ちの瓦礫


自民党政調部会開催中

本日は自民党政調部会2日目です。

ものづくりをはじめとする経済の分野は新居浜という地域性もあり注目をしているところですが。経済労働部より「県内ものづくり企業の販路開拓支援について」の報告がありました。

過去、本会議でも質問させて頂きましたが「すご技データベース」の成果としてホームページアクセス数が10か月で17万アクセス超(23.9.30~24.7.31)、商談会等マッチング回数が16回開催、のべ114社が参加(23.11~24.7)。トップセールスが展示商談会、個別商談会等実績として成約済み30件、約18,000千円、商談中44件と短期間でしっかりと結果を出しています。

また、「四国からアジアへ!」ということで四国4県連携による海外販路開拓事業も始まります。

よく、行政は民間に対して周回遅れだということを指摘されますが、まずまずのスタートだと思います。一つの成功事例が出来ればノウハウも出来てきます。それらの経験を活かしてこれからもスピード感をもって対応してくれるとのことでしたから期待して、時には意見していきたいと思います。


30年前の夢・・・

皆さま御無沙汰をしていました。多くの方々から、「最近ブログの更新がない」都のご指摘を受けて反省をしています。どうも、フェイスブックの方に偏ってしまってました。(フェイスブックもHPのコンテンツの中からも見れます。)これから少しずつ更新していきたいと思います。

さて、タイトルの「30年前の夢・・・」ですが、これは工場誘致、地元雇用の拡大に向けた補助金政策を、昨年度で操業中止となったパナソニックの液晶製造拠点、千葉県の茂原工場の話を東京新聞が取り上げたのもを見ました。

我々も良く「工場誘致に力を入れて下さい。」といった声をかけられます。しかしながら、全国的にそのことが長期的な視点で地域の活性化につながっていないという現状があります。そのことは愛媛県内においても例外ではありません。

帝京大学の黒崎誠教授は「はっきり言って時代遅れの政策ではないか。自治体側は、工場を誘致して地元の雇用が生まれた30年以上前の夢にまだ浸っている。」とコメントしています。

確かにこれまでは国内に生産拠点を作ってもらい、その周りを取り囲むように中小企業が進出し、拠点の生産量が上がることで自動的にその周りも潤うと言った成功モデルが確立していました。しかしながら、国際社会における価格競争の中でその成功モデルは、もはや通用しないのが現状です。

浮き沈みが激しいが激しい中においてどのような形で自治体としての支援をしていくのか、私自身は基礎研究や人材育成を中心にして柔軟に対応するとしか今は言えませんが民間に対して周回遅れになりがちな自治体や地方議会においてスピード感を持って対応していたいです。


優しい男・・・

先日、嫁さんから長男のことを聞きました。書こうかどうか迷ったけど、(親バカがばれてしまうために・・・)書いてしまいます。

というのも、通っている幼稚園の先生から拓海君の中で優しい心が育っていますという話を聞かされました。なぜかと言うとお昼の時間に拓海が一生懸命デザートのリンゴをフォークで細かくしていたそうです。いつもいたずらやきょろきょろしているものですから、また、食べ物で遊んでいるのかと思ったらしく声をかけたら、なんと友達と一緒に果物を食べようとしていたそうです。その友達は、まだ小さいので食べ物は小さめのものを食べていたし、果物はあまり好きではないのでお弁当には入れてなかったそうです。果物がない友達を見つけて、しかもその子が食べやすいように気遣いをしていたとのことでした。

はっきり言って、僕の仕事がら子どもと一緒にいる時間はあまり多いとはいえませんが、いろいろな機会を通じて家族の大切さや自分より弱い者には優しくしようと教えて来ました。多分、僕の影響と言うよりも普段から接している嫁さんのおかげや幼稚園の先生や様々な人のご指導だと思いますが、いつの間にか成長している子どもたちの話を聞いてほっこりさせてもらいました。息子たちには優男は物足りないですが、優しい男になってほしいです。

でも、相変わらずひょうきん者です。

フェイスブック(トップページから入れます。)に載せましたが、文化センターと楽屋をつなぐ廊下です。これでは、雨でぬれてしまいます。


「借金のツケ 孫に回さぬ」!!!

これは鳥取市庁舎の整備を巡る住民投票の結果を受けての読売新聞の見出しです。

今、新居浜市でも駅前に建設予定の総合文化施設の賛否を問うための住民投票を実現するための署名運動を展開しています。

63億5千万円と言う多額の建設費用と年間1億6千万円のランニングコスト。僕は大型施設の建設に対してすべてを否定しているわけでもないし、新居浜市に美術館がいらないとも思っていません。けれども、これだけの費用をかけて市が目指している施設は本当に多くの市民の為になるのかが気がかりです。モノの値段と言うのは人それぞれですから、金額の多寡で決められるのものではないと思いますが、いくら赤字を前提にした公共施設だとはいえ現計画では、その費用対効果はかなり低いと言わざるを得ません。しかも、これまで広報をしてきたとはいえ大多数の市民はそのほとんどを知らないことも大きな問題です。

当然、市民に一番身近な市政に関心を持ってもらえなかったことについては、市政に携わってきた僕も含めた運営側にも責任があると言えます。しかし、今回の住民投票への動きは市民に今一度まちづくりに関心を持ってもらう最高の機会だと思っています。48年前に同じような運動がおこったと聞いていますが、(当時は議員の報酬の削減等々だったそうです。)市民一人一人が市政に意思を表示する素晴らしい機会になると思います。

「なぜこのタイミングなんだ?」ということを耳にしますが、大多数の市民がうかがい知れないところで進められていた計画に対して、情報を提供し民意を反映する素晴らしいチャンスであり、市民が必要な情報を知った上で判断する最後の機会です。

中には、住民投票こそ税金の無駄遣いだと言われる方がいると聞き、驚いているところですが市民の賛否を聞くことに対してそれほど問題があるのでしょうか?住民参加は住民自治の最たるものだと思いますが・・・

僕自身は現在の計画ははっきりと見直すべきだと思います。これまでご尽力いただいた方には申し訳ありませんが、どう考えても後世に負担を付け回しにすることが目に見えているからです。施設内容のどれをとっても多額の費用をかけて建設するものではないし、市内の他施設を利活用することで代用がきくものばかりです。市議会時代は組織に所属していましたし、様々な議論を経て決まった内容には従っていましたが、今は違った立場から自分自身の意見をはっきりと言わせてもらえるようになりました。

今回の運動を通じて、多くの市民が持っている不満も聞かせて頂いています。僅かばかりですが予算の使い方を学んだものとして単純に施設建設費用を皆さんの要望に応えるために使えるものでもないということも理解しているつもりです。しかし、多くの市民は関係者が思っている以上に新居浜市の将来やそれを担う子どもたちをどのようにして育んでいくかという事を考えています。

見通しの甘さから運営に失敗した施設は市内外にたくさんあります。現代に生きる我々だけではなく、未来の新居浜市民にも喜んでもらえる施設の建設を(現計画も含めて)市民一人一人が責任をもって選択をすることが出来る住民投票の実現に向けて全力で取り組みたいと思います。